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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6262号 判決 1981年4月27日

原告 株式会社近藤ハトメ製作所

右代表者代表清算人 近藤吉美

右訴訟代理人弁護士 西岡文博

同 田岡浩之

被告 甲野太郎

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 工藤舜達

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金八〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年五月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告甲野太郎及び被告乙山金属株式会社に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告甲野太郎及び被告乙山金属株式会社は、原告に対し、各自金一三三二万二、一二八円及び内金八〇〇万円に対する昭和五〇年五月二一日から、内金五三二万二、一二八円に対する昭和五一年一月一四日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告丙川産業合名会社は、原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年五月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

本件訴えを却下する。

2  本案に対する答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

〔請求原因〕

一  (当事者)

原告は、ハトメ等を製造する株式会社であるが、昭和四九年六月末ころ、資金不足により事実上倒産(負債総額約金二億円)し、任意整理手続中である。

被告乙山金属株式会社(以下「被告乙山金属」という。)は、右倒産時に、原告に対して、売掛代金債権金五八三万七、八八七円を有していた債権者であり、被告甲野太郎(以下「被告甲野」という。)は、被告乙山金属の代表取締役であり、また、被告丙川産業合名会社(以下「被告丙川産業」という。)は、被告甲野が代表社員である合名会社である。

二  (原告の任意整理手続の経過)

1 原告は、昭和四九年六月末ころ、事実上倒産したが、同年七月八日、債権者会議が開催され、被告甲野を債権者委員長とする債権者委員会が発足した。原告と債権者とは、この債権者会議及び債権者委員会において次の合意をした。すなわち、(一)原告を再建する。(二)債権者の原告に対する約束手形債権を棚上げする。(三)原告所有の原材料及び自動車等を換金し、債権者委員長が、この金員等を原告を再建するための費用として保管する。

2 原告は、同月初旬ころ、右合意に基づき、原告において換金又は回収した売掛金三三二万四、四〇〇円、銀行預金解約金一五七万三、四〇八円、自動車売却金七〇万円及び保険解約金二一八万五、〇〇〇円の現金合計金七七八万二、八〇八円と、被告甲野において原告との合意により定めた評価額で換金すべき原告所有のスクラップ(金七六万一、四〇〇円相当)及び在庫原材料(金六四八万一、九二一円相当)合計金七二四万三、三二一円相当の物品を債権者委員長である被告甲野に交付して保管させた。

3 その後、同年八月五日と同月一九日に開催された債権者委員会において、次の事項が決定された。(一)第二会社を設立して原告の事業を継続する。(二)第二会社は、原告の債権債務を承継しない。(三)再建後に、債権者に対し、平等に弁済する。

4 右決定に基づいて、第二会社である原告代表者を代表取締役とする有限会社近藤製作所(以下「近藤製作所」という。)が、同年九月七日、設立され、事業が再開されたが、右第二会社は、被告甲野の後記のような保管金の着服横領、工作機械の詐取により、昭和五〇年七月中旬、事業の継続が不可能となった。

三  (被告甲野の保管金着服横領等)

被告甲野は、原告から、原告を再建するための費用として保管を委託された前記現金及び保管物品の売却金合計金一、五〇二万六、一二九円のうち、債権者らに対し二回にわたり配当した合計金九七〇万四、〇〇一円を差し引いた残金五三二万二、一二八円を恣しいままに自己のため着服横領した。

四  (被告甲野の工作機械類の詐取)

1 原告は、昭和四七年から昭和四九年までの間に、紀伊元機械株式会社(以下「紀伊元機械)という。)から、別紙物件目録記載の工作機械類一五点(以下「本件機械」という。)を代金合計金五、〇七四万二、〇〇〇円、代金支払は約束手形による分割払の約束で買い受け、引渡しを受けたが、倒産により、昭和四九年七月分以降の割賦金(残債務合計金二、二五二万八、六〇〇円)の支払が不能となった。

2 そこで、紀伊元機械は、昭和四九年一一月二九日、原告に対し、右売買契約の解除等を理由として、本件機械引渡請求訴訟(当庁昭和四九年(ワ)第一〇、一一八号事件)を提起した。

3 被告甲野は、原告債権者委員長の地位にあったことから、原告に、被告甲野の顧問弁護士御正安雄を訴訟代理人として選任させ、また、右訴訟における和解手続に、被告丙川産業を利害関係人として関与させると共に、被告甲野も債権者委員長として和解手続に参加した。

4 右訴訟の昭和五〇年五月二一日の和解期日において「(一)原告が紀伊元機械に対し、本件機械を無償で引き渡す、(二)紀伊元機械が利害関係人被告丙川産業に対し、本件機械を代金一、五〇〇万円で売り渡す。」旨の和解が成立した。

5 ところで、原告が、右のような和解をしたのは、被告甲野が原告に対し、右和解により、被告丙川産業が紀伊元機械から買い受けた本件機械の少なくとも一部を原告の再建のために使用させると約束したからである。しかし、被告甲野は、被告丙川産業代表社員として、あらかじめ、第三者に、本件機械のすべてを、代金二、三〇〇万円で売却する旨約していながら、このことを秘し、原告との間で、原告に本件機械を使用させるとの虚偽の約束をして原告をその旨誤信させ、前記和解を成立させて、原告の本件機械の所有権を喪失させた。

6 原告は、本件機械の所有権を喪失したことにより、少なくとも被告丙川産業が利得した、転売差益金八〇〇万円の損害を被った。

五  (被告らの不法行為責任)

1 被告甲野は、前記三及び四項のように、原告所有の保管金等のうち、金五三二万二、一二八円を着服横領し、かつ、原告に対する欺罔行為により、本件機械の所有権を喪失させて少なくとも金八〇〇万円の損害を負わせたものであるから、民法七〇九条により、また、被告乙山金属は、代表取締役である被告甲野がその業務の遂行上債権者委員長となり、この職務を行うについて右の不法行為をなしたものであるから、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、それぞれ原告に対し、右不法行為によって生じた損害を賠償すべき責任がある。

2 被告丙川産業は、代表社員である被告甲野がその職務を行うについて、原告に対し、欺罔行為をしたのであるから、商法七八条二項、民法四四条一項により、原告に対し、被告甲野の本件機械に関する右不法行為によって生じた損害を賠償すべき責任がある。

六  (被告らの債務不履行責任等)

1 原告と債権者委員長被告甲野との間で、昭和四九年七月ころに開催された債権者会議において、被告甲野が善管注意義務をもって第二会社を設立して原告を再建すること、原告所有の金員等を再建の費用として保管する旨の契約が成立したところ、被告甲野は、右善管注意義務を怠って保管金を着服横領すると共に、欺罔により、原告の本件機械についての所有権を喪失させたのであるから、被告甲野は、原告に対し、右の債務不履行により生じた損害を賠償すべき責任がある。また、被告乙山金属及び被告丙川産業も、前項と同様の理由により、それぞれ原告に対し、損害賠償責任がある。

2 仮に、債権者委員長が被告乙山金属であるとしても、被告乙山金属は、原告との間で、右1の契約を締結したものであり、被告甲野が被告乙山金属の代表取締役として前記債務不履行をしたのであるから、原告に対し、右債務不履行により生じた損害を賠償すべき責任がある。また、被告甲野は、被告乙山金属の職務上の行為によって原告に損害を与えたので、商法二六六条の三により損害賠償の責任がある。

七  (結論)

よって、原告は、被告甲野及び被告乙山金属に対し、各自損害金五三二万二、一二八円及びこれに対する原告が被告甲野に対し債権者委員長を解任する旨の通知をした翌日である昭和五一年一月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、被告三名に対し(被告甲野及び被告乙山金属は右金員の支払いに加えて)各自損害金八〇〇万円及びこれに対する和解成立日である昭和五〇年五月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

〔本案前の主張〕

一  原告は、昭和四九年七月ころ、訴訟行為を含む自己の対内的及び対外的活動の一切の権限を請求原因第二項1の債権者委員会に信託的に譲渡した。したがって、原告が債権者委員会の意思に基づかないでした本件訴えの提起は許されない。

二  仮に、右の主張が理由がないとしても、原告は、同月ころ、債権者委員会との間で、原告のみの意思に基づく訴えの提起をしないとの不起訴契約を締結したから、原告の本訴提起は不適法である。

三  本件訴えの実質的原告は、債権者委員会であり、その実質的被告も同一人であるから、本件訴訟は、その結果に実効性がなく、訴えの利益を欠く。

〔請求原因に対する認否〕

一  請求原因第一項のうち、原告の昭和四九年六月当時の負債総額が約金二億円であったことは否認するが、その余の事実は認める。なお、原告の負債総額は金六、六四六万五、八六九円であり、原告の任意整理手続は、事実上終了した。

二  請求原因第二項1のうち、昭和四九年七月八日、債権者会議が開催され、債権者委員会が発足したこと、この債権者会議等において、(一)原告の事業を継続すること、(二)債権者の所持する約束手形を不渡りにしないこと、(三)原告所有の原材料及び自動車等を換金し、債権者委員長がこの金員等を保管することの各決議がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、債権者委員長は、被告乙山金属であり、右(三)の金員等は、債権者への配当原資及び諸経費として債権者委員長が保管することになった。同2のうち、債権者委員長が、原告主張の日時ころ、原告から、自動車売却金七〇万円及び保険解約金二一八万五、〇〇〇円の現金合計金二八八万五、〇〇〇円と、原告所有のスクラップ(金七六万一、四〇〇円相当)及び原材科(金六四八万一、九二一円相当)合計金七二四万三、三二一円相当の物品の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、右金員等並びに売掛債権(回収金三三二万四、四〇〇円)及び銀行預金債権(解約金一五七万三、四〇八円)を換価、配当等のため債権者集会を構成する債権者集団に譲渡し、債権者委員長は、右債権者集団のために、これを保管した。同3のうち、原告主張の日時に開催された債権者委員会において、(一)及び(二)の決議がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。債権者委員会において右の決議がされたのは、原告又は原告代表者の所有不動産を第二会社に賃貸し、この賃料を債権者の配当等の原資とすることにあった。同4のうち、近藤製作所が設立され、昭和五〇年六月ころまで事業が継続されていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  請求原因第三項の事実のうち、原告から交付された現金等合計金一、五〇二万六、一二九円のうちから、債権者に、二回にわたり、合計金九七〇万四、〇〇一円を配当したことを認め、その余の事実は否認する。残る金五三二万二、一二八円は、原告従業員の給料債権金五三三万〇、五〇〇円の支払いに充てた。

四  請求原因第四項1の事実は知らない。なお、原告主張の売買契約は、所有権留保付売買であるから、原告は、右契約により、所有権を取得していない。同2の事実は認める。同3の事実を否認する。ただし、被告丙川産業が利害関係人として、原告主張の訴訟の昭和五〇年五月二一日の和解期日に参加したこと、右訴訟の原告の訴訟代理人が御正安雄弁護士であることは認める。同4のうち、本件機械の引渡しを無償とするとの点は否認し、その余の事実は認める。すなわち、原告は、この和解により、紀伊元機械に対する本件機械売買契約上の債務及びこの契約以外の買掛代金債務を免れた。同5の事実を否認し、同6の主張は争う。

五  請求原因第五項の主張は争う。なお、被告らの本件機械の処理には違法性がない。すなわち、被告丙川産業は、本件機械を、原告及び債権者委員の了承を得たうえ、裁判上の和解によって取得しており、また、原告は、被告丙川産業が本件機械を転売することを予測できたはずである。

六  請求原因第六項の主張は争う。原告は、昭和五二年六月二日の本件口頭弁論期日において、裁判所の釈明に対し、債務不履行による損害賠償の請求はしないと明言した。従って、原告が本訴において被告らの債務不履行責任を主張することは、信義則に反し許されない。

〔抗弁〕

被告乙山金属は、原告に対し、売掛残代金及びその遅延損害金債権として、金四九八万五、五五七円及びこれに対する昭和四九年一〇月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員の請求権を有している。被告乙山金属は、昭和五五年一二月一五日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、右債権をもって、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

〔本案前の主張及び抗弁に対する認否〕

一  本案前の主張は、いずれも否認する。

二  抗弁に対する認否及び反論

被告乙山金属が原告に対してその主張する債権を有することを認める。しかし、原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求を主張しているから、民法五〇九条によって被告らは相殺を主張することができない。

〔再抗弁〕

原告らの債務不履行に基づく損害賠償請求についても、債権者委員長と原告及び債権者との間に、債権者委員長が自己の債権等に優先的に充当しないとの黙示の合意が存する。仮に、右の合意がないとしても、商法四三四条、信義則に照らし、被告乙山金属が相殺の主張をすることは許されない。

〔再抗弁に対する認否〕

債権者委員長と原告及び債権者との間の、債権者委員長は自己の債権に優先的に充当しないとの合意を否認する。その余の主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  本案前の主張について

《証拠省略》によれば、昭和四九年七月八日、当時の原告代表取締役近藤吉美及び原告常務取締役近藤正昭が、同日以後は債権者委員長の指示に従って行動することを誓約したことを認めることができる。しかし、本件全証拠によっても、原告が債権者委員会に対して訴訟行為を含む一切の権限を信託的に譲渡したこと及び原告が債権者委員会と不起訴契約を締結したことを認めることはできない。また、原告は、本訴において、被告らに対し、原告倒産後の任意整理手続における被告らの不法行為、又は、債務不履行に基づく損害賠償を請求するのであるから、実質的原告と実質的被告とが同一であると解することはできない。よって、被告らの本案前の主張は、いずれも理由がない。

二  請求原因について

1  原告がハトメ等を製造する会社であり、昭和四九年六月末ころ、事実上倒産したこと、被告甲野は、被告乙山金属及び被告丙川産業の代表者であり、被告乙山金属は、右倒産時に、原告に対し金五八三万七、八八七円の売掛債権を有していたこと、同年七月八日に原告の債権者会議が開かれ、債権者委員会が発足し、原告の事業を継続し、債権者の所持する約束手形を不渡りとしないこと、原告所有の原材料等を換金して、債権者委員長が保管することの合意が成立したこと、債権者委員長が現金二八八万五、〇〇〇円及び金七二四万三、三二一円相当の物品の交付を受けて保管したこと、その後の債権者委員会で原告の債権債務を承継しない第二会社を設立して原告の事業を継続することを決議したこと、近藤製作所が、同年九月七日、設立され、昭和五〇年六月ころまで事業を継続していたこと、原告の債権者らに合計金九七〇万四、〇〇一円の配当がなされたこと、及び紀伊元機械が原告に対し本件機械引渡請求訴訟を提起し、右訴訟において、原告が紀伊元機械に本件機械を引き渡し、紀伊元機械は利害関係人として参加した被告丙川産業に本件機械を金一、五〇〇万円で売り渡す旨の和解が成立したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を考え合わせると、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

原告は、昭和二六年三月に設立されたハトメ等を製造する株式会社であったが、昭和四六年ころになした大規模な設備投資の効果が現れず、また、おりからの石油ショックの影響を受け、昭和四八年ころから赤字を計上するようになった。原告は、昭和四九年四月ころから、材料の仕入先であり、最も大口の債権者である大同興業株式会社に援助を申し入れたところ、大同興業が担保を提供すれば援助するというので工場を抵当に入れると共に、金二、〇〇〇万円相当の製品及び半製品を差し入れた。しかし、大同興業は右約束を履行せず、原告は大同興業から同年六月分の従業員の給料の資金の手当を受けられなくなったこともあって、同年六月末ころには、金融機関も含め約金二億円の債務を負うこととなり、事実上倒産状態となった。原告の経営状態は、一般の債権者にも知れ渡り、同年七月六日ころ、当時原告に対し金五八三万七、八八七円の売掛債権を有していた被告乙山金属の代表取締役である被告甲野は、原告を訪ね、債権者会議を開くように指示した。

債権者会議は、同月八日、開催されたが、一般債権者約二〇社の担当者が集まり、席上、代表取締役である近藤吉美及び吉美の娘婿で常務取締役である近藤正昭から原告を再建したいとの強い希望が出されたが、債権者には賛否両論があり、再建か清算かの方針を決定することなく債権者委員会を発足させて、そこに一任することとし、被告乙山金属を債権者委員長に、大和金属工業株式会社を副委員長に、早潮金属株式会社及び保坂鑛金有限会社を債権者委員にそれぞれ選出した。そして、債権者会議及び債権者委員会において、とりあえず、(一)原告の事業を継続すること、(二)同月一五日を支払期日とする約束手形を不渡りにしないこと、(三)原告所有の原材料等を換金し、債権者委員長が保管することを決議した。

被告乙山金属は、同月初旬から同年九月中旬までの間に、右の決議の通り、原告もしくは被告乙山金属が回収した売掛金三三二万四、四〇〇円、銀行預金解約金一五七万三、四〇八円、自動車売却金七〇万円及び保険解約金二一八万五、〇〇〇円の現金とスクラップ及び在庫原材料の交付を受け、スクラップを同朋金属工業株式会社に金七六万一、四〇〇円で売り渡し、在庫原材料を各納入業者に時価相場である金六四八万一、九二一円で引き取らせ、以上合計金一、五〇二万六、一二九円を保管することになった。

原告の債権者は、七月一五日と同月末日及び八月一五日を支払期日とする約束手形を自己資金で決済した。その間、原告は、一応、従業員を解雇することとし、七月二五日、従業員に解雇予告手当を支払い、また、八月五日と同月一九日に債権者委員会が開かれ、大口債権者である大同興業が原告の事業継続に積極的に援助してくれないことと原告の社会的信用がないことが明らかになったので、(一)第二会社を設立して原告の事業を継続すること、(二)第二会社は原告の債権債務を承継しないことが決定された。第二会社は、当初、大和金属の野本勘助を代表取締役とし、大同興業は、早潮金属及び保坂鑛金から取締役を出し、被告甲野が監査役という案であったが、大同興業の協力が得られないこともあって、被告甲野は他の債権者委員の同意を得ることなく、近藤吉美及び近藤正昭を指導して、同年九月七日、近藤吉美を代表取締役とし、近藤正昭、原告の従業員であった中島伸昌及び田中十郎を取締役、被告甲野を監査役とする資本金一〇〇万円の近藤製作所を設立させた。右の資本金のうち金九〇万円は被告甲野が保管金から支出し、金一〇万円は他の役員が分担した。近藤製作所は、同月一九日、原告との間で、すでに大同興業の抵当に入れていた不動産及び本件機械などを賃料一か月金五〇万円、期間一年の約束で借り受け、数名の従業員で製造を続けた。近藤製作所は、同年一二月一四日、野本勘助、保坂鑛金の保坂清文及び早潮金属の関孝友を取締役としてむかえ、資本金も金一二〇万円へと増額した。近藤製作所は、毎月の売上げが数百万円あって従業員の給料を支払うことはできたが、原告に賃料を支払うことはできなかった。そして、受注状況がよくないうえに、昭和五〇年三月ころ、裁判所から原告の不動産についての競売通知があり、同年五月の競売期日は延期になったものの、近いうちに競売になるということで、近藤製作所は、同年六月ころ、事業をやめ、同年八月一二日、解散決議をし、野本勘助が清算人となり、その事務を近藤正昭に委任したが、出資金、借入金などを清算し、同年九月二三日、解散登記をした。

また、原告も、再建不可能となり、債権者委員会は、同年八月に配当率一〇パーセントの第一回配当を、昭和五一年八月に同四・六パーセントの第二回配当をそれぞれなし、昭和五四年一二月二日、休眠会社として解散登記された。

3  右認定事実の通り、被告乙山金属は、原告から金一、五〇二万六、一二九円(保管物品の売却金を含む。)を保管したが、原告は、被告甲野が右保管金のうち、債権者への配当金を除く残金五三二万二、一二八円を着服横領したと主張するので、この点につき検討するところ、右主張を明確に認めるに足りる証拠はない。

むしろ前記認定事実の通り、原告は昭和四九年六月分の従業員の給料を支給日である同月二五日に支払えなかったが、《証拠省略》により、同年七月初旬、近藤正昭が知合いの米村栄一から借金をして役員、部長関係分を除き右六月分の給料を支払ったことを認めることができ、また、《証拠省略》によれば、役員、部長関係の六月分の給料は金八八万二、八三七円、全従業員の七月分の給料は金四四四万七、六五七円であり、合計金五三三万〇、四九四円であること、同年七月二五日、原告の従業員であった中島伸昌と田中順子が、被告乙山金属に金五三三万〇、五〇〇円(右合計額の端数を繰り上げたと解される。)を受け取りに行ったこと、同日、原告は、大同興業から金六二〇万円借り入れ、その中から解雇予告手当として金五二一万六、〇四九円支払ったことを認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。もっとも、証人近藤正昭は、七月分の給料は支払わず、大同興業からの借入金で予告手当を支払っただけであると証言するが、債権者会議が開かれたのが七月八日であることからすれば原告が従業員を解雇したのは七月であると考えられることと、右認定の事実を考え合わせると、原告は、従業員を七月に解雇し、予告手当を大同興業からの借入金から支払い、それとは別に、保管金から六月分の未払分及び七月分の給料を支払ったものと認めるのが相当であり、この点についての証人近藤正昭の右証言は採用することができない。なお、右認定によれば、被告乙山金属の保管金は、金一、五〇二万六、一二九円であるところ、配当に金九七〇万四、〇〇一円、六、七月分の給料として金五三三万〇、五〇〇円、合計金一、五〇三万四、五〇一円支出したこととなり、支出額が金八、三七二円超過する。この不合理については、《証拠省略》から被告甲野が保管金の管理についてずさんだったところがあったことが認められるので、そこに原因があるものと考えるのが相当であって、これを理由に右認定を覆すことはできない。

さらに、原告は、原告所有の金員等を被告甲野、又は、被告乙山金属との間で原告再建の費用として善管注意義務をもって保管する旨の契約を締結したところ、被告甲野、又は、被告乙山金属は右義務を怠ったとして債務不履行責任を主張する。この点について、被告らは、原告が本訴において被告らの債務不履行責任を主張することは信義則に反し許されない旨主張するが、昭和五二年六月二日の本件口頭弁論期日において、原告がその昭和五二年四月一四日付準備書面第二の(四)の記載は、不法行為による損害賠償請求の趣旨であると陳述したことは当裁判所に顕著であるが、原告が本訴においては債務不履行による損害賠償の請求はしない旨述べたことを認めるべき証拠はないので、被告の右主張は、その点ですでに理由がない。しかし、《証拠省略》中には、右主張に符合する部分があるが、前記2認定の事実に照らして、信用することはできず、他に右主張を認めるに足りる証拠はなく、原告の債務不履行に基づく主張は、理由がない。他に、被告甲野、又は、被告乙山金属が保管金を着服横領したとの事実を認めるに足る証拠はない。

4  次に、原告は、被告甲野が本件機械を詐取したと主張するので、この点について検討する。

前記当事者間に争いがない事実に、《証拠省略》を考え合わせると、次の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、昭和四七年五月ころから昭和四九年三月ころまでにかけて、本件機械を紀伊元機械から代金総額金五、〇七四万二、〇〇〇円、支払は月々の割賦とし、代金完済まで所有権を紀伊元機械に留保する旨の約定で買い受けたが、原告は、昭和四九年六月末に事実上倒産し、同年七月分以降の割賦代金を支払えなくなった。その間、原告は紀伊元機械に対し代金二、八四三万円を支払っており、残代金額は、金二、二三一万二、〇〇〇円であった。原告は、本件機械を不動産と共に大同興業の担保に差し入れたが、紀伊元機械は、昭和四九年九月二七日、割賦代金不払いを理由に本件機械の売買契約を解除し、そのころ、断行の仮処分によって本件機械を引き揚げ、同年一一月二九日、本件機械引渡請求訴訟(当庁昭和四九年(ワ)第一〇、一一八号事件)を提起した。原告は、被告甲野と相談し、被告甲野から御正安雄弁護士の紹介を受け、右訴訟を御正弁護士に委任した。昭和五〇年一月二二日に第一回口頭弁論期日が開かれ、第二回口頭弁論期日に裁判所から和解勧告があった。紀伊元機械は、金二〇〇万円の支払と引換えに原告が本件機械を引き渡すとの和解案を示したが、近藤正昭及び被告甲野は、金二〇〇万円では安すぎるとして承諾せず、原告側で買い取る案を提示した。これに対し、紀伊元機械は、代金額として金一、八〇〇万円か金一、九〇〇万円の案を示したが、その後の折衝で被告丙川産業が利害関係人として参加して、代金一、五〇〇万円で買い取る合意ができ、昭和五〇年五月二一日の第六回口頭弁論期日において、原告は本件機械を紀伊元機械に引き渡し、紀伊元機械は被告丙川産業に代金一、五〇〇万円で売り渡す旨の和解が成立した。

一方、《証拠省略》によると、次の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告甲野は、昭和四九年七月八日の債権者会議において、近藤吉美から原告の最も大口の取引先である森藤株式会社が本件機械を欲しいため原告に金一、〇〇〇万円貸してくれた旨聞いたことから、森藤が本件機械を欲しがっていることを知った。そして、前記訴訟提起前に、被告甲野は、紀伊元機械の弁護士を通じ本件機械の買取りを交渉したが、これはまとまらなかった。紀伊元機械が訴訟を提起したころから、近藤吉美、近藤正昭及び債権者委員には全く内密に、被告甲野は、森藤の西谷忠雄社長に本件機械の買受けの意思の有無、その条件を問い合わせ、その後も、各口頭弁論期日後にその模様を連絡すると共に売買の話をつめていった。被告甲野は、昭和五〇年五月一日ころ、森藤との交渉を隠したまま、原告及び債権者委員から、被告甲野が本件機械を紀伊元機械から代金一、五〇〇万円で買い受けることの承諾を取り付け、一方、そのころ、森藤との間で本件機械を代金二、三〇〇万円で売り渡す合意を取り付けた。また、大同興業から本件機械を追及しない旨の確約を取った。そして、被告甲野は、同月二一日、前記和解が成立するや、同月二四日ころ、御正弁護士の事務所で代金一、五〇〇万円を支払ったが、すでに、同月一六日、森藤に対して本件機械の納入予定日及び被告丙川産業への代金の送金口座を連絡しており、同月二七日、森藤から金二、三〇〇万円の支払を受け、被告丙川産業は金八〇〇万円の利得をあげた。

5  右2及び4各認定事実によれば、被告甲野は、債権者委員長被告乙山金属の代表者としての地位を利用し、原告及び債権者委員に全く隠密裡に森藤と交渉を続け、結局、被告丙川産業に、被告乙山金属の原告に対する債権額を上回る金八〇〇万円の利得をあげさせ、しかも、その後の配当に際しても右の事実を伏して、被告乙山金属は、他の債権者と共に債権額の約一四・六パーセントにあたる金八五万二、三三〇円の配当を受けており、このような被告甲野の行為は、債権者委員長たる被告乙山金属の代表者として、原告及び債権者に対して公平かつ誠実にその職務を行うべき義務を有する者として著しく信義にもとる行為である。そして、被告甲野は、当初の第二会社の案を棄て、昭和四九年九月七日、近藤製作所を発足させ、同月一九日、原告との間で本件機械を含む原告の財産について期間を一年とする賃貸借契約を締結させたのに、被告甲野は、右の和解を成立させたのである。原告が、紀伊元機械の金二〇〇万円を支払うとの和解案を拒みながら、何らの支払を受けずに本件機械を引き渡すとの和解案に応じた理由は、《証拠省略》により、被告甲野が紀伊元機械から本件機械を買い受けたら、原告に貸してもよいと約束したからであることを認めることができる。

ところで、原告は、前記認定の通り、本件機械を代金完済まで所有権を紀伊元機械に留保する旨の特約付で買い受け、割賦代金の支払を遅滞したため売買契約を解除されたのであり、原告が和解当時、本件機械の所有権を有していたと解することはできない。しかし、紀伊元機械との訴訟においては、和解交渉となり、本件機械の売買契約に関して最終的な処理がなされ、原告としては、割賦代金を半分以上支払ってきた本件機械を自己の所有物のように使用してきており、再建を強く願って、原告の主力の機械であった本件機械を今後も使用したいと希望していたのであるから、債権者委員長たる被告乙山金属の職務を行う被告甲野との間では、本件機械に関する原告の地位については所有者に準ずるものとして尊重されるべきものである。ところが、被告甲野は森藤と代金二、三〇〇万円で売却する契約を締結し、かつ、大同興業から追及しないとの確約を取ったことを一切隠し、紀伊元機械の原告への金二〇〇万円の支払いによる和解案を安すぎるとして反対しながら、原告に対し、被告甲野が買い受けたら本件機械を貸してもよいと約束して原告に紀伊元機械へ何らの支払を受けずに引き渡すことを承諾させ、被告丙川産業の利得を図ったのである。再建を強く望む近藤吉美及び近藤正昭としては、債権者委員長被告乙山金属の代表者の被告甲野を全面的に信頼していたのに、被告甲野はその地位を利用して、近藤吉美及び近藤正昭に本件機械を使用させる虚偽の約束をしてその旨誤信させて自らが代表社員をしている被告丙川産業の利益を追及したことは、違法な行為といわざるをえない。この点につき、被告らは、本件機械の処理には違法がないと主張するが、被告甲野が本件機械を買い受けることについて原告及び債権者委員の了承を得るにあたっては、森藤との交渉は一切秘密にしていたし、原告には本件機械を貸すと約束して右の了承を得たのであるから、右の了承を得たことで違法性なしとすることはできず、また、同じ理由から、原告が転売することを予測できたから違法性はないとする主張も許されない。

右によれば、被告甲野は、不法行為による責任を負うべきであり、原告の損害は被告甲野の右不法行為によって少なくとも被告丙川産業の転売差益金八〇〇万円であると判断することが相当である。

なお、原告の損害に関して、原告には本件機械を金一、五〇〇万円で買い取り、金二、三〇〇万円で転売することができたか否かについて考えるに、紀伊元機械が、右和解において、本件機械の買受人が被告丙川産業でなければ右和解が不成立となるとは認められず、転買人の森藤は有効に本件機械を取得できれば転売人が原告であったとしても本件機械の転売契約を成立させたと推認できる以上、被告甲野が前記の不法行為をなさず、債権者委員長被告乙山金属の代表者として、適正かつ公平に和解に関与していれば、原告は、転売益が配当原資となる以上、債権者などの援助により、右和解と同一価額で本件機械を紀伊元機械から買い受ける和解を成立させ、森藤に金二、三〇〇万円で転売することができたもの(したがって、本件機械の当時の時価は金二、三〇〇万円であると考えられる。)と判断することが相当である。原告が紀伊元機械に対して残債務を負っていることは、紀伊元機械が金一、五〇〇万円で売却すれば、原告に対するその余の債権を放棄する以上、損害額の認定には妨げとなる事実ではない。したがって、損害額について他に証拠がない以上、右転売益金八〇〇万円が、被告甲野の不法行為によって原告の所有者に準ずる地位を侵害した損害であると判断する。

以上によれば、被告甲野は不法行為者として、被告乙山金属は、被告甲野が債権者委員長たる被告乙山金属の職務を行うにつき不法行為によって原告に損害を与えたので商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、被告丙川産業は、利害関係人として和解において本件機械を買い受けるために、その代表社員である被告甲野がその職務を行うにつき、右のとおり虚偽の約束をして原告に本件和解に応じさせたものと解されるので商法七八条二項、民法四四条一項により、それぞれ金八〇〇万円の限度で損害賠償の責任を負うべきである。

三  抗弁について

被告乙山金属が、被告ら主張の債権を原告に対して有していることは当事者間に争いがないが、右の通り、原告の被告らに対する請求は、不法行為に基づく損害賠償請求であるから、民法五〇九条により、被告らは、相殺を主張することはできない。よって、被告らの抗弁は理由がない。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対して金八〇〇万円及びこれに対する和解成立の日である昭和五〇年五月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるので認容し、被告甲野及び被告乙山金属に対するその余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松峻 佐久間邦夫 裁判長裁判官安達敬は、転補につき、署名捺印することができない。裁判官 小松峻)

<以下省略>

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